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内モンゴルへ行ってきた話⑪

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内モンゴル」シリーズ、オボ編。
本日最終回でございます。
 
いやはや、ここまで長かった・・・

 

 
では早速、前回のおさらいから!
と思いましたが、これまでの総括となりそうな論文を見つけたので抜粋してお伝えしますね。
 
 
吉田順一、「アジア地域文化学の構築−21世紀COEプログラム研究集成−」より抜粋
 
吉田はオボの機能を「オボーはそれが造設された土地の守護霊が住む場所とされており、元来はモンゴル人の土地の認識と同じく個人の所有ではなく地域の社会集団が共有するものであった。
 
故にある土地のオボーはそこに住む社会集団の守護霊の住まう場所でありそれらの集団が祭ってきた。」とし、その性質をドルジ=バンサロフの「黒教或ひわ蒙古人に於けるシャマン教」(ドルジ=バンザロフ著、白鳥庫吉訳、文求堂、1940、)より、モンゴル人が万物全体を神として信仰することから「山川その他、地の諸部分、あるいはそれらを掌る神霊は、かれらによって敬拝された」、これらの神聖なる場所うち個々のものがオボーであり、「各部族によってその所領地に作る」ところに関連するとしている。
 
 
オボの歴史がここに詰まっていますね。
もうこれだけで良いのではないかという程に洗練された説明だと思います。
 
 
では、今回の本題に入る前に、現在のオボについてご紹介!
最新のオボ研究からの抜粋です。
 

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ナランビリゲ、「モンゴル族のオボー祭祀にみる帰属意識内モンゴル自治区オルドス市オトク前旗の事例から−」(年報非文字資料研究 第7号、神奈川大学日本常民文化研究所 非文字資料研究センター編)より抜粋
 
 
近年のオボとそれにまつわる遊牧の移動をオトク前旗の5つのオボから得たデータから放牧とオボの関連性を明らかにした彼の研究によれば、オボ祭祀に参加する人々はオボを一つの単位として集団を分けることができ、放牧においても村単位のオボを中心として空間を分け、基本的に丸形の放牧構図が描き出されていることから、モンゴル人の放牧行動がオボ祭祀と関連しながら行われていること・共同体意識の生成の文化的土台となり、特定のオボを特定の人が祭って、その特定のオボを祭る集団の一員だという意識を持っていたことが明らかになる。
 
 
匈奴の時代に形成された集団意識は、形を変えながらも現在にその名残を感じさせる程度には残っているという事ですね。
 
祭祀は、伝統を引き継ぐ最後の機会となっているのが解ります。
 
 
この論文には、祭祀の内容についても記述がありました。
 
夏に行われるオボーの祭祀では祭壇に肉・乳製品・酒などが供えられ、ラマ僧が読経し、参加者はオボに打頭し、オボを三回周る。
 
因みに「オボを右手で触れながら願い事を心に思い浮かべて右回りに3周する」というおまじないは、普段から行われています。
地域によっては、一周ごとにオボの中心に向かって石を投げるところもあるみたいです。
 
 
また、家畜を捧げる風習は、仏教にはあまり見られないアニミズム的な行為です。
仏教と古来より続くアニミズムが融合した現状は、日本の神仏習合に似ているようなそうでもないような感じですね。
 

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会食の後、競馬・角力・弓射を競う。祭祀を通してオボの主(神)を喜ばせて、現世の幸福、自己と自家の安寧、家畜の繁殖、悪魔の退散、諸病の祓除などを期待して行い、時節の雨も期待したと説明している。
 
 
競馬について、日本の上げ馬神事的な意味合いを想像された方には申し訳ないのですが、現在はかなり賭け事的な意味合いが強い傾向にあります。
 
ここでいう競馬は、プロの騎手によるものではなく満15歳以下の子供競馬です。
ルールは簡単で、数十キロのレースで鞍を使っても、裸馬でも、騎手が裸でもOK。
(これについては、いずれ書きますナーダムにおいて触れたいなーと思います。)
 

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オボーの祭礼には聖域が存在し、祭礼を行う特定の場を中心とした参加者の出入りが制限されている。ナランビリゲはこの空間を俗的空間・交差域・聖域といった3つで構成されると想定し、オボ祭祀の参加者の古くは父系親族集団を中心とした構成員であって、女性や関係者以外の侵入者が禁じられていたと説明している。
 
 
日本でも山岳信仰において現在も多少残っているところはありますが、女人禁制についての記述ですね。
 
ここから推測できるのは、オボにおけるアニミズムの根幹が山岳信仰や奇石に対する信仰であったかもしれないという事。
 
日本との類似点がここまで出ていたら、比較してみたくなりますよね。
 
素晴らしい論文には、それを基にした素晴らしい論文が芋づる式に出てくるものでして・・・
 
 
白莉莉、「牧畜村落におけるオボー祭祀の復活及び祭祀儀礼の再考-内モンゴル・モガイト村のイケ・ツァイダム・オボーを中心に-」より抜粋

                         

白莉莉はこの牧畜地域におけるオボ信仰を日本の氏神信仰と性質的に類似しているとし、日本における民間で用いられた神々の本来の呼称が政治的イデオロギーのもと公式な場所に冠せられるようになった経緯と、モンゴルにおける清代以降の盟旗制度実施後、行政の援助を受けられる「盟・旗オボ」の発生によりオボの勢力的階級ができた経緯の類似をとりあげ、現在オボが政治的・公的色彩を帯びていると指摘した。
 
 
宗教的な意味合いで生まれたオボは、その規模やそれに伴う集団により簡易的なカーストが出来上がっているのが解ります。
 
蒙古斑を持つ民族どうし、通じるものがあるのかもしれませんね。
 
 
では、今回最終回ですし、ここまで書いてきた中で私が至った「現代のオボについて」の結論を書いて終わろうかと思います。
 
「現在のオボ信仰は原始山岳信仰と石に対する信仰に遊牧民としての文化が組み込まれたものであり、騎馬民族としての集団意識の構築の基盤としての役を担いながら、後に渡来してきた諸宗教の完成されたシステムで補い、吸収し、発展させることで常に更新を続けてきた姿である。(現在進行形)・・・・はず!」
 
 
以上です!